<   2005年 05月 ( 8 )   > この月の画像一覧

幻 一の世界

d0005421_1354421.jpg絵本 「わらべとチャチャの般若心経」
幻 一自由訳

 
出版にあたり>

「こころの世紀」といわれる21世紀に入り、いまだに悲惨な戦争が無くならず、経済一辺倒で人心の荒廃は、ひどくなるばかりです。
 今こそ、ひとり ひとりが、人間の尊厳を見つめ、自分を活かし相手を生かすことを実践しなければならない時では無いでしょうか。
 この度の絵本「わらべとチャチャの般若心経」の出版にあたり、ひとり ひとりが、授かった「命」の愛おしさを思い、連綿と続く「命」の連鎖で、今、この世に在ることの有り難さを感じ、改めて「人間の尊厳」を見直すきっかけにしていた
だければ幸です。
 絵本「わらべとチャチャの般若心経」の主人公のわらべは、無垢な孫の姿を、チャチャは、十七歳まで生きて、私たち家族を癒してくれた愛犬を想いながら描きました。
 お読みいただいた皆様に、日常の喧噪を忘れ、ふと我を振り返りつつ、ほっとしていただいて、笑顔の花を咲かせていただければと願っています。               
平成21年3月吉祥日                
幻 一合掌

【A5判 102ページ、1000円(税込み・送料別)】





幻 一著 木版画集 「画集羅漢さん 2」・照見五蘊皆空

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「我がこころの五百羅漢を求めて―」、と題して木版画による五百羅漢像を制作し始めて19年。1997年3月、多くの方々のご支援ご協力のおかげを賜り、その全像の完成をみることができました。
「照見五蘊皆空」は、般若心経の一節ですが、「お互いの体は、色受想行識の五つが集まって成り、それを皆、空にせよ」、とお釈迦さまは説いておられます。
『」心身をととのえ。こころにゆとりを持ち。本質的なものを選びとり。自他ともに喜び。自分の本分をわきまえ。相手を思いやり。ただ一瞬の今を大切に。感謝のこころを忘れずに。我を捨て。生まれた赤子のようなこころになれば、この五蘊皆空なることがわかるであろう』と、お釈迦さまは、おっしゃっています。が・・・・・。

【A4判 128ページ、作品点数100点、4800円(税込み・送料別)】





幻 一著 「」「羅漢酒・画箋集」

「羅漢酒」

この酒は、”酒が飲めぬと会員になれぬ??”といわれている、幻 一後援会恒例の『羅漢まつり』の際、ある酒羅漢の「まつり用の酒がほしいなぁ」の一声で造ることになった。
醸造元は、京都府北部・丹後半島の京丹後市弥栄町の竹野酒造だ。
この蔵は、全国の酒通が知る人ぞ知る”弥栄鶴”の銘柄で有名な、酒蔵だ。
造るなら、最高の旨酒をと、杜氏の指導の下、田植えから稲刈りに始まり、酒米の米洗いまで、一所懸命?となり、大汗をかいた働いた。
そのかいあって、1998年初春、夢にまで見た特別大吟醸「羅漢酒」限定1500本の旨酒ができ上がった。d0005421_73146.jpg
「羅漢酒」は、淡麗辛口で豊かな香りの立ち昇る、極上の逸品に仕上がり、酒を愛するものには、こたえららない旨酒となった。
「羅漢酒」は、全国六大杜氏組合のひとつである但馬杜氏組合の品評会で’98年、’99年と2年連続で優等賞を授与された。
杜氏も納得!旨いはずだ。
画箋(ラベル)は、ある会員の『ギネス・ブックに挑戦だ!』との声に乗せられ、一枚ずつ手描きではじめた。
楽しみでも苦しみでもあったが、1999年6月に約一年半かけ、1500枚全ての画箋を描き終えることができた。

もし、「羅漢酒」が横にあれば一杯!。なければお好きなお酒をゆっくり重ねつつ、ほろ酔い気分で、画箋 ”酒羅漢のひとりごと”をお愉しみいただければ幸いだ。

【新書判 227ページ、作品点数120点、1000円(税込み・送料別)】




幻 一著「羅漢さん・漢字百景」

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酒場は、人生の劇場、とはよく言ったものです。
居酒屋で、ほどよく酒に揺られていると、こころの中に留めておきたい人々の一瞬一瞬の表情に出会います。
 26年前、五百羅漢を制作して、初めての作品を前に、なんと表題をつけるかと、あれこれと迷い、削り削って、けっきょく漢字一文字になりました。
それぞれの漢字は、基本的に動詞の訓読みをあてています。
羅漢さんが何を思い、何を考え、何を行っているか、動作や心情を漢字一字にこめました。
 羅漢さんのおかげで漢字と出会い、その素晴らしさ、奥深さをあらためて認識しました。
「羅漢さん漢字百景」は、日常の人間の喜怒哀楽の姿を、羅漢さんと漢字一字に託して木版画を彫る著者まぼろしの画文集です。

【新書判 218ページ、作品点数100点、918円(税込み・送料別)】



幻 一著書ご希望の方は、下記のメールまでお問い合わせください。
メールアドレス maborosi@aurora.ocn.ne.jp
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by hajimerakan | 2005-05-22 17:16 | 幻 一の著書あれこれ

青い惑星の花

中米の「夢」の国 ― コスタリカ共和国
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宇宙に浮かぶ青い惑星に「惑星の花園」と呼ばれる国がある。
四国と九州を合わせた程の大きさで、人口約350万人のかわいい国。
自然と人々が平和に暮らす国。無数の美しいビーチを持ち、中央には優美な姿をした火山が連なる山脈が走っている。
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変化に富んだ地形に恵まれたこの国は、熱帯雨林や海や川は、貴重な動植物の宝庫。
国土の25%が国立公園や自然保護区に指定され、この惑星の全動物種の約5%が、この小さな国に生息している。d0005421_12201296.jpg
国と国民が一体になってこのかけがえのない自然を守る環境保護の先進国である。





内戦続きのこの国を囲む国々で、50年以上も軍隊を放棄し、平和を築いてきた国。
生命をなによりも重んじ、未来を担う子供たちに平和立国の国のありかたや、すべての暴力を話し合いで解決する教育に力を注いできた国。
国家予算の24%を教育費にかける国。
参考までに、平成16年度の日本の国家予算では、教育費7.5%、防衛軍備6%である。
この惑星で唯一の非武装永世中立国。

地球の有限性と資源浪費を慎む現在、「軍隊の全廃」、「軍備費は、最大の浪費」、「軍隊が在れば、不幸になるのは国民」、「攻めてこられることなど無い、との確信」、等々、この国の人々の英知。
ちなみに、この国の鏡は、戦後、戦争放棄を掲げて、新たに歩み始めた日本だそうだ。
物や人々がめまぐるしく動き、世界が一体となりつつある今、コスタリカの英知は、ますます世界の人々に共感をもたれている。

大統領は、任期4年。
連続再選禁止(2003年4月改定)。
国会は、一院制で、議員の任期4年、連続再選禁止。
国会議員の選挙は、いわゆるコスタリカ方式。
たとえば、Aという地域からは、A地域の人は立候補できない。
A地区の候補者は、それ以外のB,C,Dなどからしか立候補できないし、選ばれない。
この方式で選ばれると、地元誘導の公共事業などは、行えないし、どこかの国と違い、政治家の利権や不正は、どう考えても起こり難い。

その青い惑星は、地球。

「『中米の花園』と呼ばれる夢の国があるのを知ってるか」
「なんや、やぶからぼうに」
「四国と九州を合わせた程の大きさで、人口約350万人のかわいい国らしいわ」
「へーえ、ところで中米ちゅうと、どこやね」
「あんさん中米も知らんのか、情けない、中米いうたら北米と南米を繋ぐ細いところがあるやろ、そこやがな」
「惑星の花園」と呼ばれる国は、中米のコスタリカ」。
コリカとは、『豊かな海岸』を意味する。

未来ある子供たちのためにも、ぜひ、コスタリカの人々と友達の輪をつくりたい。
ぜひ、皆さん一緒に旅しませんか、夢の国へ・・・。

写真は、コスタリカ共和国政府観光局日本事務所ホームページより
http://www.costarica.co.jp/
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by hajimerakan | 2005-05-17 09:48 | 地球の楽園

幻 一の「羅漢酒」手描き画箋あれこれ

「羅漢酒」

この酒は、”酒が飲めぬと会員になれぬ??”といわれている、幻 一後援会恒例の『羅漢まつり』の際、ある酒羅漢の「まつり用の酒がほしいなぁ」の一声で造ることになった。
酒を造るとなると醸造元が必要だ。
が、心配無用!ちゃんと会員の中に、それがある。
京都府北部・丹後半島の京丹後市弥栄町の竹野酒造だ。
この蔵は、全国の酒通が知る人ぞ知る”弥栄鶴”の銘柄で有名な、酒蔵だ。
造るなら、最高の旨酒をと、杜氏の指導の下、田植えから稲刈りに始まり、酒米の米洗いまで、一所懸命?となり、大汗をかいた働いた。
そのかいあって、1998年初春、夢にまで見た特別大吟醸「羅漢酒」限定1500本の旨酒ができ上がった。
会員の情熱と汗の結晶である「羅漢酒」は、淡麗辛口で豊かな香りの立ち昇る、極上の逸品に仕上がり、酒を愛するものには、こたえららない旨酒となった。
杜氏も納得!「羅漢酒」は、全国六大杜氏組合のひとつである但馬杜氏組合の品評会で’98年、’99年と2年連続で優等賞を授与された。
旨いはずだ。
画箋(ラベル)は、ある会員の『ギネス・ブックに挑戦だ!』との声に乗せられ、一枚ずつ手描きではじめた。
楽しみでも苦しみでもあったが、1999年6月に約一年半かけ、1500枚全ての画箋を描き終えることができた。
「羅漢酒」は、旨酒に仕上がったここと、手描きの画箋が喜ばれ、全国の会員はじめ多くの方々には、贈り物としても注文をいただけた。
また、小売店の店頭に並ぶと、その日のうちに売切れたしまう、大評判の酒となった。
一枚一枚、違った内容で描いた画箋が間に合わず、大いに困ったこととなった。
ある人は、酒が呑めないにもかかわらず、その評判を聞きつけ、記念に買い求められることもあったらしい。
これぞ、嬉しい悲鳴だ。
2005年現在、「羅漢酒」は、全国で大好評!画箋は、今も、一枚一枚手描きだ。
いま何枚目になったか、私は知らない。
ただひたすら、描くのみ。
せっかくならと、この誌面で、いままで既に売れて人様の手にあるであろう「羅漢酒」画箋展。
ごらんいただき、楽しんでいただければ嬉しい。

「羅漢酒」の手描きのラベルは、世界で一つ!



禅問答集


「挨拶」

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「知足」

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「無事」

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「愛嬌相」

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「玄関」

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「投機」

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「一行三昧」

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by hajimerakan | 2005-05-16 16:17 | 「羅漢酒」画箋集

諸行無常

人類とは?

人類の祖先・アウストラロピテクス出現は、300万年前。
原人(北京原人など)が、この地球上に出現して、50万年。
我々人類の祖先といわれる新人(ホモサピエンス)が世に出て、たった1万年ぐらいのものだ。 
以来、「人間の歴史」を紐解くと、争い、戦う「悪の記録」が全てだ、といって過言ではない。
つくづく人間の愚かさを知ることとなり、悲しい人間の“性”を思い知らされる。

二十代の若い頃、衝撃と感動を受けた、1964年公開のスタンリー・キューブリックのSF映画(アーサー・C・クラーク原作)『2001年宇宙の旅』の舞台は、300万年前の地球。
やがてアフリカと呼ばれることになる大陸の草原では、赤く燃えるような朝、人類の祖先・ヒトザル(アウストラロピテクス)が食料を奪い合い、手に手に木っ端を持って熾烈な戦いをしている場面で始まった。
二十一世紀に入り、いま尚続く、欲に駆られての「戦い争う」人間の醜さや愚かさを見るに付け、このシーンが思い出される。 

「この世においては、怨みに報いるに怨みを以ってしたならば、ついに怨みの息(や)むことがない。怨みをすててこそ息む」とお釈迦さんは説かれています。
「欲」が横にあればなおさらだ。

地球の歴史が1週間なら、人類の歴史はわずか1秒あまり。       
0.001秒後に地球がこの世から消滅しているかも知れないのに、「戦い争う」ことの愚かさを人間は、いつ知る事になるのだろうか?


「戦争は、錯誤の連続だ!」
戦争の世紀の20世紀に別れを告げたわれわれ。
世界の人々が共に生き、戦いの無い新たな世紀「こころの時代」21世紀に期待に胸を弾ませ迎えた。
が、2001年9月のニューヨークのテロに始まり、2003年3月19日のイラク戦争開戦と続き、その期待は脆くも崩れ去った。

「歴史は、悪の連続」といわれるが、人間の英知は、どうなっているのだろう。
人間は、アフリカの一人の女性が始まりといわれている。
それを思うと、人間は、同じ遺伝子を持つ兄弟だ。

老若男女、 障害の有無、人種、宗教や国を越え、いろいろな人々が『こころの森美術館』 を中心に、共に出会い、働き、憩い、 癒され、愉しみ、喜び、生き生きとで きるこころの遊びの空間を理想と する、その建設の実現を夢見る。
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by hajimerakan | 2005-05-11 11:48 | 人間とはなにものぞ

顔とこころの泣き別れ

顔で笑ってこころで泣いて、世の中思うようにいきまへん。
『顔は、何でも知ってます』

顔』には、人それぞれの人生が表れてまっせ.
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人生80年といいますけど、毎日毎日、自分の顔となんとなく付き合って00年。
見てください、聞いてください、自分の『顔』に! 
「一期一会」。
人と人の出会いは、『顔』から始まります。
まず、愛しい自分の顔に感謝しまひょ。
それから、それぞれの人生の喜怒哀楽を顔に問いかけてみまひょかいな。


顔とは、どこ?

*脊椎動物 ―― 魚類、哺乳類
*頭部の正面にある
*額から下顎にいたる両耳の間
人の場合、首から上の部分を頭といい、胴体や手足と区別するそうな。
動物は、ちょっと違うのかなぁ。
その頭のうち、眉毛、目、鼻、口(唇)を入れ、頭髪の生えていない前向きの部分の額から下顎から両耳の間を“顔”というやて。
坊主は、どないなんのやろ?
そんなもん、それぞれやがな。

顔というのは、動物としていうと、身体の先にあって、ものを食べる口を中心とした部分に、いくつかの感覚器官が備わったところをいうそうな。
でも、人では、顔は、人格を表す器官や。l
顔の筋肉の動きによって、“心”をあらわし、
その時の精神状態や次の行動などを他人に伝える“もの”が顔やって。
人のそれまで歩んできた人生や個性は、先ず顔の現れる。
顔は、人の歴史やねえ。


顔と環境
1.気候差 ―― 寒冷地 一重まぶた ・ 温暖地 ―― 二重まぶた
2.食物差 ―― 肉食(硬い)・歯が太く大きい ―― 顎が張る
           草食(軟らかい)・歯が細く小さい ―― 顎が細い
3.地方差 ―― 南九州・二重まぶた  東北・一重まぶた
4.歴史的背景 ―― 戦争時 顎の骨格が発達・寅さん型
              平和時 顎が発達しない・キムタク型
人類が誕生して4,50億年。
やっぱり、氏より、育ち(時代や環境含め)とつくづくおもいますなあ。





顔とこころ
人は、こころの動物といいます。
口でことばを語り、顔で心を語ります。
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赤ちゃんは、自分を守る本能で人を引き付ける笑顔を浮かべる。
その赤ちゃんのつくる表情は、万国共通。
寝顔、泣き顔、怒り、驚き、笑顔など全て、眉、目、鼻、口は、左右対称になる。
そこには、生きるために、本能的で汚れのないこころがでてます。
しばらくして、ぐずたり、だだをこねたりするようになると、眉、目、鼻、口が、非左右対称の顔になる。
それは、赤ちゃんに知恵がついたっていうこと。
よろこばんと。

大人でも、「笑顔の人に友多し」や「笑顔に病なし」というように、これは、この世に生まれた人間遺伝子伝わる自己防御の機能やろなぁ。

顔は、こころの鏡
自分の顔は、人さまのためにあるんでっせ。
眉間にしわを寄せたり、うつむいた暗い顔をしてはると、ほんまに他人迷惑やで!
いやな顔の人と会うと、こっちもいやな顔になってます。

しかし、顔は、こころがでるっていいますけど、違うことも大いにありますなあ。
いかつい顔をしたお人が、めっぽう優しかったり、うりざね顔のお人が、厳しく激しかったり。
顔の形と性格の誤解ようありますなあ。
目が大きいと賢く見られる。 鼻が高いと高慢に見える。 
額が広いと英知のある人に見られる。 
口が大きいと開放的に見られ。 口が小さいと内向的に見られる。
頬骨が高いと戦闘的にみられ。 鼻の下が長いと好色に見られる。
下顎が張っていると意志強固な人と過大評価されるか、頑固者として嫌がられる。
下顎が細いと意志が弱い人とか、軟弱者に見られる。

世の中見掛け倒しお人も多いさかいなぁ。ほんま。





顔とことば
人間一生、「顔」無がなかったら生きていけまへん!
顔を売る。 顔が売れる。 顔となる。 顔を利かす。 顔が利く。  顔が広い。 顔を貸す。
顔を立てる。 顔が立つ。 顔を繋ぐ。 顔を出す。 顔を出せ。
顔を汚す。 顔に泥を塗る。 顔を潰す。 顔に出る。 顔に出す。 顔に書いてある。 
顔に紅葉を散らす。 顔を染める。 顔に紅射す。   


漢字と顔
漢字からもいろいろな人のこころが見えまっせ。
4千年の歴史!漢字は、えらいもんです。
喜 ―― 笑 好 嬉 輝 驚 信 甘 歓 悦 誇 幸
恕 ―― 叱 罵 驕 憎 嘲 黙 睨 叱 威 背  
哀 ―― 泣 騙 腐 疑 拗  悩 恥 悔 疲 苦 悲 叫 嘆 詫 恋 悪 驕 耐  
楽 ―― 願 望 歌 遊 飲 旨 会 望 眠 
中間 ―― 聞 怪 想 願 阿 酌 攻 狙 
こころが浮かぶ漢字を眺めていると、楽しさや悲しみが多い。
喜びや楽しみは、本当に少ないよ。
人生と一緒どすなぁ。       



「和顔他照」
こころから滲み出る温かい笑顔をいいます。
仏様やマリア様に見られる、慈悲の微笑。
こころを温める笑顔。
こんな笑顔で毎日みんなが過ごせたら、穏やかな世の中ですのになぁ。

しかし、人生一回、往復切符はありまへん。
笑顔百薬、人生楽しく、大いに笑って、健康になって、生きまひょかいな。
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笑いと免疫力
こころが温まる楽しい話や気転の効いた頓知などが免疫力を高める笑いらしおす。
「笑う門には福来る」といいますけど、今、医学会では、がんの治療法に、「笑い療法」というのをみんなで研究したはるとのこと。
これは、笑うことが癌の進行を抑えることが徐々にわかってきたらしい。
癌にかかった人が漫才や喜劇などを見たりして、自分から積極的に生活に笑いを持ち込まはると、がん細胞が小さくなるらしおっせ。
ほんまに、「笑う門には福(健康)来る」どっせ。
「なるように、なる人生は」。
いやなことはほっといて、笑ってくらしまひょかいな。



片道切符
当たり前すけど、人生、後ろ向きに歩んではったら、ええことありまへんわなぁ。
人生行く道、二つに一つ。
あれもこれも人生ですけど、あなたはんなら、「ドッチ!」どす。
人生には、往復切符は、ありまへんで!

A.「こそ、の人生」
不況や困難なことが人生に起こったとき。
こんな時こそ、これは自分の力を知るいいチャンスだと思い、前向きに考えて、笑って元気に自分自身を励まして、生きがいと張りをもって生きる道を選んいく。
この道を選ぶお人には、人も集まり、免疫力も高まり病気も逃げていくと思いますわなぁ。

B「たら、の人生」
.あれがなかったら、こんなことやったら、もうあかんわ、明日からどないしょ、と消極的になって、ものごとを悲観的にとらえて、後ろむきな生きる道を選ぶお人。
この道を選ぶお人は、友達らもみんな逃げて、ますます孤独になる。
こうなると免疫力も弱くなり、病も身に取り付くきますわなぁ。


一笑一若
皆さん、多笑多若。
作り笑いでも免疫力が高まるといいまっさかい。
ぜひ、毎日家の中に笑いが絶えないようにして、みんなで一緒に元気で、一つでもでも若くなりましょかいな。
きぃつけて、一怒一老に成らんようにしまひょ。
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by hajimerakan | 2005-05-11 10:13 | こころとは、何?

夢一歩一歩

こころの森美術館について
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私が “我がこころの五百羅漢を求めて”と題し、五百羅漢シリーズを制作し始めて19年、1997年の春に五百羅漢全作品を完成することができました。
 五百羅漢に込める思いは、仏教に伝わる羅漢像を写すことでなく、羅漢さんの姿を借りて、人生で誰もが出会ったり、見たり、聞いたり、感じたりする日常的な人間の喜怒哀楽のこころの表情を写すことにあります。
 『こころの森美術館=五百羅漢堂』は、その五百羅漢さん一堂に会する館を造りたいとの想いで、1993年(平成5年)1月にその発願し、21世紀初頭の落慶を夢見ています。
 『こころの森美術館=五百羅漢堂』は、NPO法人として運営される予定であり、決して幻一個人のための美術館ではなく、また、言うまでもなく宗教的な館でもありません。
 私の五百羅漢シリーズが木版画作品ということもあり、版画美術に焦点を当てた世界でも数少ない版画美術館にしたいと思っています。そこでは、多種多様な表現技法による版画作品を展示するとともに、例えば、世界各国の芸術家の登竜門となるような “丹後・世界版画ビエンナーレ”のような展覧会を企画運営し、版画を通して、世界に開かれた芸術の新しい発信地になることを願っています。

 また、版画は、複数制作が可能で、油絵や日本画、彫刻作品などと違い、軽量で世界中の作家との交流にも適しているといえます。ピカソやダリ、ミロ、ゴヤ、ミケランジェロなどきら星のごとく輝く世界的な芸術家の作品も、現代の世界的芸術家の素晴らしい作品も、版画作品ならこそ、世界各地の人々が、同時に鑑賞することが可能なのです。
                                        幻 一合掌

詳細は、幻 一後援会「こころの森」ネット
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by hajimerakan | 2005-05-11 09:17 | 夢のこころの森美術館

幻 一こころの談話室

皆さん! 自分の顔は、 唯一、二つとありまへん
こころを筆で描く講座

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この講座は、「ことばカード」を引いて、その漢字からこころ(顔)の表情を思い浮かべ、考え、墨と筆で描く楽しい講座でっせ。
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思わず熱中して日常のモヤモヤしたものが、スッカーと取れ、こころ晴ればれしまっせ!

顔は、何でも知っている
顔は、人のこころやその人の歩まはった足跡を写しますなあ。 
人と会った時や話をしたはる時、こころの中で自分の顔を思い浮かべ、顔に、どんな「喜怒哀楽」の表情が出ているか考えて見ましみまへんか。
「和顔他照」といいます。  
誰もみんな今日は、今日しかありまへん。
できるだけ、人には、ええ笑顔で出会って、人のこころを照らしまひょ。

自分の顔に感謝のこころをお持ちになっていはるお方は、いはりますか。
この講座で、改めて、自分の顔とこころを見つめてもれえば、こんな有難ことはおへん。
感謝、感謝。
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材料リスト
①用紙B4判コピー用紙 1人20枚ぐらい
    ②墨汁  ③小皿  ④中筆
講座は、1時間30分から2時間ぐらい 

* 出張講座いたします。お問い合わせ、お申し込みは、下記のメールアドレスへ
   maborosi@aurora.ocn.ne.jp
   
   講座 10名以上でお願いします。 遠近問わず、どこにでも参ります。





「笑顔の花を咲かそう」
  最近、医学会では、ガンの治療に「笑い療法」というのがあるそうだ。 
これは、文字通り笑うことでガンの進行を抑えようというもので、漫才や喜劇を見たり、積極的に生活の中に笑いを取り入れるとガン細胞が小さくなるとのこと。
作り笑いでも有効だという。
まさしく「笑顔百薬」だ。
 政治家の先生方は、最近景気が回復基調にあるという。
が、この10年間、不良債権の削減がさも世のためのように云われ、その影で何十、何百万の人々が首を切られ、路頭に迷ったことか。
そんな今の世、こころが荒れて悲観的な大人達の顔が、無邪気な子供たちに映り、笑顔が消えているように思う。
「諸行無常」。
良いも悪いも、いつどうなるかわからないのがこの世。
あれが悪い、これは難しいとしかめっ面をするよりも、毎朝、歯磨きをした後、「一日一笑」といって鏡の前を離れると良い。
一つの笑顔が子供や周りの人に映り、一日笑顔に囲まれるに違いない。
 赤ん坊の笑顔を見れば、誰もがこころ和み、幸な気持ちとなるが、取り分け我が孫となれば
格別だ。
お陰さまで、私も孫に恵まれ、その気分を味わっている。
その事もあり、4年前より「わらべ羅漢」作品の制作を始めた。
「わらべ羅漢」で笑顔の花が咲くことを祈念して。
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by hajimerakan | 2005-05-11 07:52 | 幻 一こころの談話室

京あれこれ

『 京つれづれ 』

幻の京のかくれ屋①
「大理石のカウンター」
 
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明治維新後、都が東京へ移り、都が寂(さび)れると、時の知事が都の東のはて(極)に露天や見世物を集めて作らせた盛り場が新京極。
京情緒とは正反対の庶民的な盛り場だ。
土産物などを求める修学旅行の生徒や最新のファッションに身を包んだ若い人たちで賑わう新京極を四条通りから北へ四,五分歩くと右手に観音開きのガラス戸の有る店がある。
ガラス戸を押し開け中に入ると、右手にその大理石のカウンターが店の奥まで続く。
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左手は、五,六人が掛けられる大きな木の円卓が四つ並んでいる。
昼から午後九時までビールや酒を片手の常連さんから和洋中の定食を求める老若男女まで、いつ入っても賑やかだ。
店内は、庶民的な雰囲気の中に約八十年の時の流れを感じさせる味わい深い食堂だ。
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幻の京のかくれ屋②
「京の立ち飲み」
 その店は、四条通と河原町通の間の細い路地にある。夕暮れになると、寺が多いこの筋は、寺の合間から赤い火青い火が灯り、淫靡な匂いが漂っていた。好奇心いっぱいの高校生の頃。今から四十五、六年前ほどのことだ。
 入り口は、左右に2ヶ所。小さい白地の暖簾をくぐるとガラスの引き戸がある。中に入ると、藍染の暖簾の左手は、厨房。その右手は。コの字形のカウンター、真っすぐ進むと、その奥は、四人掛けのテーブルが三台。小あがりの二畳ほどの座敷に小机が二台。店は狭いが客が多い、旨くて安い、庶民の飲み屋だ。
 壁にはところ狭しと、旨そうな季節の酒の肴の名札がずらりと貼ってある。正午に開く店内は、常連さんがコの字形のカウンターに肘を掛け、一杯やりつつワイワイガヤガヤ。




 幻の京のかくれ屋③ 
「京の洋食屋・その一」
 京の北東に位置する平安神宮は、平安遷都千百年を記念して、明治二八年に創建された。
当時の京は、幕末の戦乱で市街地は荒廃し、東京遷都で、その衰退が止まらず、京の復興の象徴として平安神宮は、創建された。
 その洋食屋は、その平安神宮の近くにある。四十数年、家族で切り盛りされている。銀閣寺近くに仕事場を持っていた時には、昼時になると、家にいるような雰囲気と味につられて。ついつい寄りたくなった。
 今でも近くに行くと、自家製のドミグラスソースがかかった特製コロッケを肴にビールを飲む。オムライス、ハイシライス、マカロニグラタン、エビフライ、どれも旨い。特に昼は、待たなくては入れないが、ランチは、量もたっぷり、安くて、旨い。

 
 
幻の京のかくれ屋④
「太夫好み」
 京は、「新撰組」が活躍した幕末の影が街のあちこちに残る。島原なじめ木屋町通りや三条界隈をあるくと石碑などにその足跡が見える。新撰組といえば、彼らは、もっぱら本営のある島原で遊んでいた。島原の置屋・輪違屋には、彼らが飲んで暴れたか、柱などに刀傷が残っている。また、近藤勇の書もみえる。
 寛永十七年(1640)に秀吉の命で丹後街道沿いの今の場所に移された。引越しの騒ぎが天草・島原のキリシタンの乱を思わせることから、島原という名がついたらしい。
 店は、その島原の近く。知る人ぞ知る、お好み焼き屋だ。店に入ると十人ほどが座れる、くの字形の幅広の鉄板があり、その後ろに六人掛けの椅子とテーブルがあるのみ。いつ行っても席の空いていることはない。
 豚、牛、ミックス、キャベツたっぷりのお好み焼き。特製泥ソースが逸品。新撰組の若者も泣いて喜んだであろう、そのとき在らば。




幻の京のかくれ屋⑤
「三代目」
 祇園祭の昼時、のどの渇きを癒そうと、ふと目に入った暖簾をくぐった。店は、四条高倉を二筋ほど下がった右手の角にあった。   
 店内に入り、すぐ右手の小さな引き戸を開けると、五人だけが座れるカウンター。「おいでやす」の声とともに和服姿の女将さんの笑顔に迎えられた。女将さんの後ろから、淡い水色の着物に身を包んだ、若女将が微笑み、冷えたお絞りをそっと手渡し、二階の座敷に上っていった。聞けば、最近、二代目が亡くなり、三代目が、「昔ながらの京都の味を大切に」をこころに、店をついで頑張っていた。
先ずは、きりりと冷えたビールを注文。昼時のお決まりの箸休めの鱧落しが嬉しい。
 ひとつひとつ手造り料理で、味もなかなか、勘定は、納得。ほっこりとした時を過ごし、身もこころも癒された。




幻の京のかくれ屋⑥
「酒屋の地下」
 京の西、西大路通りを東へ、御前通まで歩くと、ビルの一階に、一本一本ご亭主がこだわり、取り寄せ、吟味した全国各地の銘酒が、ところ狭しと並べられた酒屋がある。     
 その店の地下に直営の居酒屋がある。地下を降りると、手前左手は、十人は座れるカウンターがあり、その奥の厨房では、笑顔いっぱいの女将さんが料理に腕を振るっている。そのまま進むと、三十人は座れる大座敷。三方の壁に飾られた、酒にまつわる書画が、ご亭主の自慢だ。               
 庶民的で気さくな女将さんの肴は、大酒飲みのご亭主仕込み。肴の品数は、旬に合わせて、あれこれ、いろいろ。旨い。ご亭主推奨の旨酒が、すいすい喉もとを通り過ぎる。酒飲みには、ありがたい店だ。




幻の京のかくれ屋⑦
「京でふく」
 夕暮れ時、年末恒例の顔見世がかかる南座を南へ下がり、四条と五条の間、松原通を東へとことこ歩くと宮川町筋のお茶屋の赤ちょうちんがちらほら灯っている。        
 店は、宮川筋の手前、松原橋から一,二筋東へ、その細い路地を北に上がると白い暖簾に白提灯が下がっている。         
 ご亭主は、九州から板前修業に京に出て数十年、お茶屋を買い取り、念願のわが店を構えた。店内は、たたきの玄関を上がると右手に十人ぐらいが座れるカウンターがあり、その奥は、厨房。一階、二階には、お茶屋の名残を思わせる小部屋がある。        
 店の料理は、何でもお勧めだが、特に産地直送のふくが安くて旨くて。仲居さんの笑顔と細やかな気配りが嬉しい店だ。



幻の京のかくれ屋⑧
「百万遍の喫茶店」
 百万遍。東山通りと今出川通りの交差点。浄土宗の四本山のひとつ百万遍知恩寺があるから、皆が昔から、この辺りを百万遍と呼んでいる。百万遍知恩寺は賀茂社の神宮寺としての起源を持ち、浄土宗としては珍しく境内に賀茂明神の分社が鎮座している。
 喫茶店はこの近くにある。創業は昭和六年。京都で初めてフランスパンを始めた事でも有名だ。店の中に入ると、重厚でゆったりした木製の「長テーブル」が目に入る。これは木工芸で重要無形文化財保持者の黒田辰秋の作だ。黒光りに磨いた木製床も良いし、音楽が流れてないのも、落ち着く。静かに本を読んだり、書き物をしている若者が多いのも頷ける。ここは、京都大学の門前だ。




幻の京のかくれ屋⑨
「新京極のうなぎ屋」       
 新京極。明治五年(一八七二)、新京極は開かれた。明治天皇の東京遷都などで京都の沈滞した空気を一掃するため、時の京都府参事槇村正直により、当時荒廃した寺院の建並ぶ寺町を切り開き、三条通と四条通の間の南北に一大娯楽街をつくった。通りの名前も寺町の古名・京極に対して新京極と名づけ、以来、京都庶民の街だ。今は、内外の観光客はもとより、年中、修学旅行生で溢れている。
 その店は、三条通り新京極を一つ下がったところを東に入るとある。二十歳の頃、映画を見終わった後、店に入りうなぎの白焼きを頼みビールを飲んだ。大人のまねをした懐かしい店だ。今も昔も常連さんが昼間でものんびりと酒を飲み、うなぎを食べている店だ。




幻の京のかくれ屋10
「京の洋食屋・その二」
 三条通。西は、嵐山から東は、東海道の西の起点・三条大橋へ続く。こ橋のたもとに道標がある。この道標は延宝六年(一六七八)に建立され、現存する京都で最古の道標だ。江戸や東国から来た人々には終着点だが、当時の首都「京」から見れば、ここが出発点だ。
 この三条大橋から東へ一〇分ほど歩き、東山通りを過ぎて、平安神宮の見える通りに着く。店はその角にある。店に入ると濃茶の4人掛けの木のテーブルが8組ある。料理はあくまで仕事が丁寧で、旨い。特に、今日のランチが質量とも文句ない。いつもビール2本が軽く空く。
近くの美術館に行くと帰りは、この店に入らないと、その日の一日が終わらないような気分になる。
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by hajimerakan | 2005-05-10 18:22 | 京つれづれ帖